【夜鴉】


朝練、朝食、掃除、昼食、お茶出し、巡察、会合、夕食。
そして手が空いている限りでは食事の準備の手伝いや、総司と一緒に子供と遊ぶ。
が新選組に来て最初の1ヶ月の1日の予定はこんな具合で、1ヶ月を過ぎた頃から、は身軽さやエルフ独特の力を買われ、いつの間にか偵察や情報収集など、重要な役割も任されるようになっていた。


そして、が屯所に来て2ヶ月が経った、吐く息が真っ白になる程寒い日。


皆が寝静まっていただろう時間。
「沖田さん、沖田さん!!起きてますか?」
「…何?こんな時間に…夜這い?」
襖越しに呼ぶと、寝ていたであろう低い声が聞こえる。
「そんな事言ってる場合じゃないです!羅刹隊が出てしまったみたいです!!」
「…わかった。すぐ出るよ。」
「はい。」
が自分の剣を取りに部屋へ戻ろうとすると、反対隣の部屋の斎藤が出てくる。

「……オレも出よう。」
斎藤も寝ていたのだろう。目が据わっている。
「お願いします。私は土方さんに報告に行ってから…」
「いや、副長の元にはオレが行こう。お前は沖田さんと斎藤くんを、羅刹隊が遠くへ行く前に案内するべきだ。」
異変を察知した山崎が廊下の曲がり角から現れた。
「わかりました。お願いします。」
土方の元へ報告に向かった山崎を見送り、へ部屋に置いてあった剣を掴んだ。


「こっちです!」
風の精霊が羅刹隊の行方をに伝え、はそれを沖田と斎藤に伝えながら走った。
街中は不気味は程静かで、自分達の走る音だけが響く。
そんな中、突然の足が止まる。
突然止まったを不思議に思い、斎藤が名を呼ぶが反応がない。
は走って来た方を振り向いたまま立ち止まっていたかと思うと、両手を開き、何かを小さく呟く。
すると小さな白い光がの掌にボウッと浮かび上がる。
それを見て沖田も斎藤も目を丸くする。
今までがエルフだという事を疑っていた訳ではないが、こうして自分の目で力の形を見るのは、2ヶ月たった今日が始めてだった。

「すいません、沖田さん、斎藤さん。この子達について行って下さい!」
そう言うと、は近くの家の屋根に飛び乗り、今来た方向へと屋根から屋根へと飛び移って行く。
ちゃん!?」
突然の出来事に2人はただただ呆気に取られていたが、総司は腕を組み、溜息を一つ零した。
「僕の許可なく単独行動なんて…後でおしおきが必要だね。」
「………総司。あれを追うぞ。」
の残した白い光が、フワフワと飛んでいくのを2人は追った。


そして、その小さな光に導かれた場所にいたのは、羅刹隊に斬られたであろう血の海に倒れる浪士と、血に飢えた羅刹隊、今にも斬られそうな年端もいかない女の子だった。

「本当に申し訳ありませんでした。」
明け方、は幹部の集まる部屋で中央に座り、手を付いて深々と頭を下げた。

「謝って済むと思ってんのか!!」
正面に座る土方から雷が落ち、隣に座る近藤も困ったような表情を浮かべている。
「無事に戻って来たんだからいいじゃないか、と言ってやりたいところだが…その姿で戻って来られるとなぁ…」
の腕や足の服は所々裂け、その間からは傷口が垣間見える。

「言い訳ぐらい聞いてやる。言ってみろ。」
何があっても許さねぇ、そんな顔をしながら土方は促す。
「はい……あの時、背後からダークエルフの気配を感じました。」
「見つかったのか!?」
近藤は驚き、身を乗り出すが、その問いには「いえ」と首を横に振った。
「使い魔の夜鴉は仕留めたのですが、ダークエルフの姿は確認できませんでした。」
「夜鴉?あんな時間に、鴉が活動できんのか?」
梟等の夜行性の鳥を除けば、夜は目が利かない為、活動しないはず。土方とて、それぐらいは知っている。

「はい。夜鴉は梟のように夜目が利き、ダークエルフの使いとして動くと言われています。ただ…思っていたより数が多く、手間取ってしまい、戻るのが遅くなりました。」
申し訳ありませんでした、と再び頭を下げる。
その姿を見て、土方は溜息を零す。

「お前にも何か護りてぇもんがあるらしいってのは総司から聞いてる。あせる気持ちはわからなくはねぇ。」
だが、と土方は続ける。
「人間だろうが、エルフだろうがお前は今は新選組の1番隊の人間だ。隊に名を置くからには組長の命令は絶対だ。今回は総司と斎藤だったから良かったものの、お前のその勝手な行動が、他のヤツ等に危険を及ぼす事だってある。」
「はい。」
土方の目をじっと見て頷くを見て、総司は「あの時はあれが最善だったんじゃない?」と口を挟んだ。
「あぁ!?」
総司の言葉に、土方は肩眉を上げる。

「だって、ちゃんは元々ボクの補佐だし。昨日もちゃんと羅刹隊の元へ案内する光るヤツ置いて行ったし、ちゃんと補佐してましたよ。それの何がそんなに気に入らないんですか?」
「オレが言いてぇのはそんな事じゃねぇ!」
「じゃぁ言わせて貰うけど、何でちゃんを頭数に入れてるんですか?お給金も払ってないのに。」
「それは…こいつがいらねぇって言うからだろうが。」
資金にゆとりがある訳ではない新選組には、ありがたい話しだった。

「確かに寝床と食事は提供してますよ。でもここ最近、それ以上の働きをしてますよね?…土方さん、ボクはちゃんの力に頼りすぎてるんじゃないかって思ってますよ。」
「………こいつの力はオレ達にはねぇもんだ。正直アテにしてる。それが悪ぃってのか。」
「いいえ。ただ、利用するだけしておいて、彼女の本来追わなければならない者も追うななんて、酷い話だとは思いますよ。」
土方と総司はジッと睨みあう。

「確かに最近ちゃんに頼りっぱなしなところ、あったよな。」
と、平助が言えば、
「ですが、組織という物に属するからには、従わなければならない決まりがあります。」
と山南が口を開く。
「んー…トシの言い分も、総司の言い分もわかるなぁ…」
近藤は唸る。

「あの…今後は気をつけるので、土方さんも沖田さんも、気を静めて頂けませんか?」
土方と総司は2人してチッと顔を背ける。
「いいか、次やったら罰を受けて貰うからな。」
「はい。」
「止めて下さいよ、ボクの部下を脅すの。」
土方と総司は再びにらみ合い、近藤が間を割って「おぉ、そうだ!」と声を上げる。

「実はくん。羅刹隊を目撃してしまった人物がいてな。明日の朝、会合をやるから遅れないようにな。」
「あと1時間もすれば陽が上りますけどね…」
平助が疲れたように呟いた。


明け方の会合が終り、バラバラと部屋に戻る。
は部屋が総司と斎藤の間なので、2人の後に続く。
「沖田さん、斎藤さん。」
総司は「んー?」と言いながら、斎藤は無言で振り返る。
「勝手な行動を取って、本当に申し訳ありませんでした。」
は2人にペコリと頭を下げる。
「やだなぁ、改まっちゃって。さっきも言った通り、ボクはアレで良かったと思うよ。」
「でも…」
「…先ほどの副長の言い分は最もだと思う。だが、今回に関して言うならば、問題はなかった。」
「斎藤さん…」
ちゃんは護らなきゃならない物があるんでしょ?それって、置いて貰ってるからってウチに遠慮してて護れるような物なの?」
総司の言葉に、は何も返せない。
「本来、アンタはここの者じゃない。だが、今力を貸してくれている。それだけで十分助かっている。」
「………はい。」

「じゃ、全く寝れないけど、ちょっとだけ横になろっかなー。」
伸びをしながら歩いて行く総司と斎藤。
その背中を見ながら、はその場に立ち尽くした。


皆が皆、責めてくれたのなら「私には私の追わなければならない者がいる」と出て行けた。
でも、それをわかってくれた上で、庇ってくれている。
ちゃんと恩返しもしたい、でも迷惑はかけたくない。

使い魔である夜鴉がいた。
ダークエルフはそう遠くない場所に居るはず。
(…………早く見つけて、禁薬を取り戻そう。)
明け白んだ空を見上げ、心の中でそっと呟いた。





「…総司。先ほどは『おしおきが必要だ』と言っていなかったか?」
人をフォローする総司を物珍しく思った斎藤が、が後から来ないのを見て口を開く。
「まぁね。でも、おしおきをするのは僕であって、土方さんじゃない。」
「…そういう事か。」
それにね、と総司は続けた。
「ボクが彼女の立場だったとして、近藤さんが危ないって知ったら、有無を言わずに向かうと思うんだよね、近藤さんの元に。」
だからさっき言った言葉も本心だよ、と言って総司は自分の部屋に入って行った。

総司の言葉に驚き、立ち止まった斎藤は何度か瞬き、そっと口元を緩めた。
(あの総司が人の立場になって考えるとは、な…。)
今だに後ろから歩いて来ないを振り返り、斎藤も自室へと姿を消した。