【豊玉】
「それじゃ、10数えるからその間に隠れてね。」
総司がそう言うと、3人の子供達はキャッキャと屯所の中を走って行くが、
は走り去る子供の背中を見送ったまま、立ち尽くしてしまった。
「ちゃんも隠れないと。かくれんぼにならないでしょ。」
総司の言葉に、本当にかくれんぼするんだ、と呆気に取られていたは「そうですね」とその場を去ろうと足を踏み出した。
「あ、ちょっと待った。」
総司の呼び止める声にその場に立ち止まって振り返ると、総司は着物の合わせに手を入れ、そこから取り出した物を「はい」と手渡す。
薄い冊子のようなそれを受け取り、表題を口にする。
「豊玉発句集?」
「うん。隠れてる間暇でしょ?面白いから読んでるといいよ。」
「じゃぁ、借りちゃいますね。」
「はい、どうぞ。」
ニッコリと笑い、総司は壁の方を向いて数を数え出す。
「ひとーつ、ふたーつ…」
総司に借りた冊子を胸に、は隠れる場所へと急いだ。
「いないなぁ…」
一人目の子供を押入れで、二人目の子供をお風呂場の脱衣所で、三人目の子供を物置で見つけ、半刻が経った頃。
見つけた子供達に手伝って貰いながら屯所の中を探し回るが、一向にの姿が見当たらない。
豊玉発句集を読むだろうから、暗い所にはいないだろう事は予想できるが、気配すらない。
中庭に降り立って縁の下を探してもいない。
子供3人と一緒に「うーん」と唸る。
「もしかして屯所から出たんじゃないのー?」
探すのに飽きた子供が口を尖らせる。
「そういえば屯所の中だけって言わなかったな。」
「何やってるんだよー、そうじー。」
不満の矛先を向けられ、総司は「ごめんごめん」と笑いながら謝る。
「ボクもうお腹空いたー。」
「あー、もうそんな時間か。」
総司は暮れ掛けて赤く染まった空を見上げる。
「キミ達はもう帰りなよ。あとはボクが探しておくから。」
「本当か?ちゃんと探さないと、今度も総司が鬼だからな?」
「うん、わかってる。でも、ちゃんと僕が見つけたら、キミが鬼だからね?」
「わかってるよー。」
「俺達も帰り道で探しておくからな。」
最後までを見つけられず、子供ながらに心配そうに3人は屯所を後にした。
「…さて。ウチの問題児はどこで発句集に読み入ってるのかなー?」
総司は一人呟き、屯所の中をもう一周するべく歩き出した。
道場、八木邸を覗き、前川邸に戻ると中庭で土方が大木を睨んでいる。
「どうしたんですか?土方さん。いくら目つきの悪い土方さんが睨んでも、さすがに木は切れませんよ?」
「!!総司!テメーの仕業か!!」
総司の姿を確認すると、ズカズカと歩み寄り胸倉を掴む。
「ヤダなぁ、何でもかんでも真っ先に僕を疑うんですから。」
両手を挙げ、無抵抗ながらに笑う総司に、土方は「いいから来い」と胸倉を掴んだまま大木の下へと移動すし、「あれを見ろ。」と顎で大木の上を指し示す。
大木の枝の上に人影。
元は銀色の髪が光を浴びて淡い金色に染まり、背景に見える空は沈む陽のオレンジと、夜訪れを表す濃紺へのグラデーション。
何処となく現実とは違う場所にいるような、幻想的な雰囲気さえ漂う。
「……
ちゃん、ですね。」
大木の上方の枝の上で、幹に背を預けて寝ている。
「あぁそうだ。で、あの抱えてる物を渡したのは誰だ、あぁ!?」
幻想的な空間をぶち壊す豊玉…ではなく土方に、総司は肩を竦める。
促されてもう一度大木を見上げてよく見てみると、読んでいる内に眠ってしまったのだろうか、太ももの上に置かれ、片手で支えられている発句帳。
「あ〜あ…」
「『あ〜あ』じゃねぇだろうが!さっさと取り返せ!」
「いやー、さすがの僕でもあんな高い所に上るのは難しいんじゃないですかねぇ。」
「何がさすがだ!どーせお前が渡したんだろ?責任持って取り返して来い!」
「そんなに返して欲しいなら起こせばいいじゃないですか。」
「起きねェから困ってんだろうが。」
「じゃぁ揺すってみます?この木。……ちょうど体力有り余ってる人達が居るし。」
ニヤリと笑う総司の視線の先には、島原に行くべく、ちょうど通りかかった永倉、左之、平助。
土方と総司に呼び止められ、3人は渋々と歩み寄って来る。
「何してんだ、こんな所で?」
平助の問いかけに、「あれ見てよ。」と総司は顎で大木の上を指し示す。
大木を見上げた永倉と平助はポカーンと口を開けたまま固まっているし、原田は「へぇ…」と、口元に柔らかな笑みを浮かべる。
原田は目を細め、「エルフってのは皆あーなのかねぇ。」と口にする。
「………『あー』ってのは何だ?」
腕組をした土方が疑問を口にする。
「だからあれだよ。絵になるっつーか、幻想的っつーか。」
「無理ですよ、原田さん。豊玉宗匠に風情って物を求めても。」
「ッ!てめっ…総司!!もういいからさっさとアレを取り返すぞ!」
「取り返す?」と首を傾げる3人に、土方は発句帳を取り返す為に木を揺すって起こす事を伝える。
「えー勿体無い!島原行かなくてもいいから、もうちょっと見てたいなー。」
「いや!島原は行くが、もうちょっとだけなら見ててもいいかな。」
原田は呆れたように笑うのみ。
勿論平助と永倉の意見は土方に一蹴され、3人は渋々ながらも手伝う事に同意した。
「せーのッ!!」
平助の掛け声で一斉に力を入れて大木を押す。
力自慢の永倉が居るせいか、思った以上に大木は揺れた。
「……ん……?ちょ………」
は目は覚めたが、ぐらりとバランスを崩して枝から落ちる。
永倉が「危ねェ!!」と受け止めようと両手を出したが、は宙でバランスを立て直し、ヒラリと地面に降り立った。
「…あれ?皆さん……お揃いで?」
自分の回りに集まる面々を見渡して、は首を傾げる。
「その発句…「ごめんね、その発句帳、持ち主に返さなきゃいけなくなっちゃって。返して貰えるかな?」
真っ先に発句帳を奪い取ろうとした土方の前に、総司が立ち塞がる。
「はい、読み終えたので。ありがとうございました。」
は手にしていた発句帳を総司に手渡す。
「ちなみになんだけどさ。…どうだった?」
背中に土方の怒気を感じるが、それは気にしない。寧ろ狙ってやっている。
「そうですねぇ…。」
「遠慮しないで正直な感想言ってよね?」
「…あまり俳句は得意ではないようですが…」
の言葉に、土方以外は笑いを堪えて顔を歪める。
「でも、句からとても現実主義な人柄が伺えて、そんな方が不器用ながらにも俳句を詠まれているのが伝わってきて、私は格好つけた俳句よりいいと思います。」
続いた言葉に、今度は呆気に取られる面々。
一番先に口を開いたのは、永倉だった。
「…っつーのはアレだよな?こう…口説きなれた左之の薄っぺらい愛の言葉なんかよりも、言葉は拙くても心から口説こうっていうオレの愛の言葉の方がいいっつー事だよな?」「薄っぺらいっつーのは何だよ。オレの場合、向こうから寄って来るだけで、口説きなれてなんかいねーよ。」
「くぁぁぁーーーー!モテる男の言う事は違うねー。」
「オレは事実をだな、」
「はいはい、お前がモテるのはわかったよ。」
「もーしんぱっつぁんも左之さんも、話しが逸れまくりだよー。」
3人でぎゃぁぎゃぁと騒ぎ出すのを見ながら総司は溜息を零す。
「感想は前半だけの方が面白かったんだけどなー。」
「…そうですか?」
「ちゃんの感想はお気に召しました?豊玉宗匠。」
総司は手にしていた発句帳を土方に渡す。
総司のその行動に、土方とはそれぞれギョッとする。
は豊玉が土方だった事に、土方はに自分が豊玉と知られた事にギョッとする。
「お…沖田さん!豊玉さんが土方さんなら先に教えて下さいよ!本人の前で酷い事言っちゃったじゃないですか!!」
「そう?正直な感想が聞けて本人もまんざらでもないんじゃない?」
総司が土方を見れば、土方はと総司にクルリと背を向け、「率直な感想が聞けて良かった。」と静かなトーンで言い残し、屯所の中へと戻って行く。
総司が土方を見た時に一瞬見えた土方の表情。
(自分の句が褒められる…いや、褒められはしてないが、「いいと思います」の一言が信じられないけど、嬉しさも隠しきれない、といった所か…)
思い描いていた結末と異なるが、幸いにしてお咎めも無しの様子。
「ま、いっか」と総司は大きく伸びをし、隣に立つに夕食の配膳の手伝いをしてくるように促した。