【剣技】
「あ、沖田さん。おはようございます。」
「うん、おはよう。で?朝から何してるの?」
外の賑やかさに沖田が布団から抜け出て襖を開けると、正面に位置する中庭でが肩や指に鳥を止まらせている。
「はい、少しお話を。」
「…ふ〜ん。」
「…………何を騒いでいる……。」
斎藤が寝ぼけ眼で部屋から出てくる。
「一君、おはよう。」
「斎藤さん、おはようございます。」
「おはよう…………それで、何を騒いでいたのだ?」
「煩かったですか?すいません…あの、この子達とちょっとお話をしていて…」
「……この子達とは?」
斎藤は辺りを見渡すが、総司と自分しか見当たらない。
「?この子達ですが…?」
不思議そうな斎藤の問いかけに、は不思議そうに指に止まる鳥を斎藤の方へ差し出す。
「ダークエルフとか、網道さんの事とか知らないかと思って聞いてみたんです。」
「………」
呆気に取られて固まった斎藤に変わり、沖田が先を促す。
「で?その子達は何て?」
「残念ながらこの子達は最近巣から飛べるようになったばかりだそうで…ダークエルフも見た事ないし、網道さんの名も聞いた事ないそうです。」
「それは残念だね。」
「そうですね…。あ、でも友達や仲間にも聞いてみてくれるそうです。」
「ふーん。じゃぁ案外早く見つかるかもね。」
「ところで一君?どうしたの?」
すっかり固まってしまっている斎藤に、沖田が呼びかけるが反応がない。
「目明けたまま寝てるのかなー?」
斎藤の目の前で手をヒラヒラさせると、はっとして一度瞬きをする。
「…すまない。その……鳥と話せるという者に会った事がなく…」
斎藤の反応に、総司は高らかに笑った。
「まぁ、そうだよね。ボクも話せないし。でも、エルフって確か鳥だけじゃなくて、犬とか猫とか、あらゆる動物とも話せたと思ったけど?」
ね?と総司が問い掛けると、は「はい」と頷く。
「そうか…それは便利だな…」
少し感心したように斎藤は呟いた。
「それよりちゃん、朝練行くよ。」
「朝練、ですか?」
「うん。土方さんがボクの下に付けるって言ってたからね。一番隊に入って足引っ張られたら嫌だし。ちゃんと実力も知っておきたいし。」
「わかりました。」
「総司、私闘ではないのだろうな?」
「嫌だな、一君。練習だって。」
含み笑いを浮かべる総司に、斎藤は大きな溜息を零す。
朝の道場は騒然としていた。
突然現れ、「今日から入隊する事になったから」とだけ総司に紹介されたエルフ。
「一番隊に相応しいかを見る為に練習試合をするから、皆避けてくれるかな?」
疑問系でありながら絶対命令である総司の言葉に、隊士は壁際に避ける。
「沖田組長相手とは気の毒な…」「オレもアレで滅多打ちされて入隊早々2日間動けなかった」「オレなんて一週間だぞ」などという隊士の同情の呟きが聞こえる。
「左之さん、審判お願いね。」
先に道場で稽古をつけていた原田に頼むと、原田は「あいよ」と道場の中央に向かう。
は道場の壁に掛かっている木刀を選びながら、既に木刀を手にしている沖田に問い掛ける。
「沖田さん。」
「何?」
「木刀、2本使ってもいいですか?」
「あぁ、二刀流だっけ。いいよ、実戦と同じで。」
総司は木刀を肩に乗せ、トントンとリズムを刻み、原田の待つ場所へと歩いて行く。
は割と手に馴染む重めの木刀と、軽めの木刀を手に総司の後を追う。
「総司、一応手かげんとか…」
原田が小声で言うが、総司は「しないよ」と断言した。
「一番隊は重要な任務が多いし、足手まといになるようならそれを理由に土方さんに押し付ければいいからね。」
「私も本気でいくので、構いません。」
総司と原田のやり取りを聞いていたも総司に同意するが、昨晩の総司との対峙を見ていない原田は「でも女の子だし、」と続けようとしたが、総司にジロリと睨まれる。
「敵が相手が女の子だって知ったら、手加減してくれるとは思えないけど?」
「…わかったよ。」
総司の苛立ちを察知し、原田はに小声で「気をつけろよ」とだけ言い、「始め」と右手を上に上げた。
「まずは、打ち込んでおいでよ。」
総司の言葉には頷き、足音すら立てずに総司の前に飛び込み、左手の木刀を振り下ろす。
総司がそれを木刀で受け止め、薙ぎ払う間を突いて右手の木刀で総司の胴を狙うが、間一髪で総司は後ろに飛び退いてかわす。
距離を取ってにらみ合い、体勢を整える。
「じゃぁ、次はボクが行くよ。」
総司が距離を詰め、ダンッと大きく足を踏み慣らした次の瞬間、得意の突きを繰り出した。
はそれを木刀で払うが、総司の木刀は払った勢いなど物ともせず、次から次へと繰り出される。
総司の攻撃の勢いに押され、は後ずさりながらも何とか総司の木刀をかわす。
(埒があかない──仕掛けよう…)
が決意した瞬間、後ずさる踵に浮き上がった道場の板の端が引っかかる。
(やばっ…)
勿論総司がそんな隙を見逃すはずもなく、狙いを定めて木刀を振りかざした。
(イチかバチか…!!)
は体勢を崩しながらも左手に持っていた木刀を総司の腕目掛けて放り、見事腕に当たって総司の気が一瞬逸れたのを見計らい、右手の木刀で降りかかってくる木刀の軌道を逸らした。
そのまま後ろに倒れかかり、頭が床にぶつかる前に空いた左手を床に付け、くるりと宙を舞って着地する。
総司は自分の足元に落ちる木刀をチラリと見てからを見る。
「…さて。一刀流になっちゃったね。」
「まだ勝機はあります。」
は静かに答え、右手に持っていた木刀を左手に持ち代える。
「利き腕は左って訳か。」
じりじりとお互いに距離を詰め、出方を探る。
カランと総司の足が床に落ちる木刀に当たった瞬間、は駆け出し、木刀を振り下ろしたが、総司はそれを木刀で受け止める。
つばぜり合いになれば、男である総司に歩がある。そうなった時の為に、は二刀流を身につけたのだから、こうなったら不利になる事はわかっている。だが。
(諦める訳にはいかない…!)
総司の木刀を薙ぎ払い、足元に転がる木刀を手に取る。
その隙をついて総司が木刀を切り返すが、はヒラリと交わした。
その手には、2本の木刀。
「…また二刀流に戻っちゃったか。」
「私の負けです。」
はペコリと頭を下げた。
「………。」
「勝者、総司!」
勝者を告げる原田の声が道場に響き渡った。
突然のの敗北宣言と、原田の勝利者宣言に、道場内はざわついた。
「今何が起こった!?」と。
「左之さん、まだ終りじゃないよ。」
「総司、お前もわかってるんだろ?」
「……何が?」
「私が木刀を拾った時に、風の力を使った事です。」
惚ける総司に、が口を開いた。
「すいません…使わないようにしてたんですけど、つい…」
の自白に、総司は「あーぁ」と溜息を零した。
「そんなの別にいいんじゃない?使っちゃダメなんて言ってないし。仕切りなおしてもう一回やろうよ。」
「いえ…沖田さんの刀は重すぎて、手が痺れてるので、今日はちょっと…」
が左手を開くと、手が小さく痙攣を起こしている。
「総司、だから手加減しろって言ったろうが。」
痙攣どころか、白い手が赤くもなっている。原田が呆れて言うと同時に、入り口から「総司!」と声がかかり、声の主、土方はズカズカと総司の元へ歩み寄る。
「何ですか、土方さん。」
「これは私闘じゃねぇんだろうな?」
「勿論ですよ。新しい部下の力量を見ただけです。」
土方は総司をジッと睨みあげて真意を探るが、総司はどこ吹く風で飄々としている。
「…悪かったな、こいつに付き合わせて。」
「いえ…」
土方は盛大な溜息をついた後、「やっぱり斎藤に任せて3番隊にするか」と呟いた。
「ダメですよ、土方さん。」
「あ?」
「ちゃんは1番隊の入隊試験、受かっちゃったんですから。」
「え…合格なんですか?」
「お前、本気で面倒見れんのか?」
「面倒見なくてもいいように、使いものになるかどうかを試験した結果、合格って言ってるんですよ。」
土方の額に青筋が入る。
「…わかった。だがその1番隊で勝手に道場を占領して使ったんだ。床の傷み、お前等1番隊できっちり直しておけよ。」
「えー。」
「『えー』じゃねぇ!他の隊のヤツ等は手出しすんなよ!」
そう言い捨てて土方は道場を去った。
「道場の傷みと、入隊試験は関係ないのに。」
総司が飛び出した釘の頭を木槌で叩きながらぼやく。
「まぁ…傷んでる場所じゃ危ないですし、手入れをするにはちょうといい時期だったんじゃないですか?」
がフォローを入れるが、「実際躓いた人が言うと説得力が違うね」と茶化された。
「さん。」
「はい?」
近くで作業をしていた1番隊の隊員が声を掛けてきた。
「さんはどこの流派ですか?」
「流派?あ、剣技ですね?私の剣技は独学です。」
「独学!?」
「正確には色々な人に教わったんですけど、どうしても競り負けてしまうので二刀流にしてからは自己流で。」
「成る程。今度自分とも手合わせ願えますか?」
「はい、もちろ「ダメだよ。」
「沖田組長?」
それまで背を向けて作業をしていた沖田が振り返る。
「ちゃんはボクの補佐にする事にしたから。ちゃんの行動にはボクの許可がいる。更にボクはボクとの決着が付くまで他の人の相手はさせてあげない。」
「補佐…」
「うん。エルフなんてなかなかお目にかかれないし、そこそこ刀も使えるし、面白そうじゃない?」
「いえ、あまり面白くは…」
全く悪びれる事なくニッコリと笑う総司に、は複雑そうな顔をする。
「あの…沖田組長。」
「ん?」
「先ほどからその…『ちゃん』って事は…その、まさか…女性、って事は…」
しどろもどろになりながら隊士が問い掛ける。
「うん、女の子だよ。」
「ッ………!!」
「沖田さん!」
隊士が息を呑み、ギョッとした顔をしたのを見て、総司は「なんてね。」と続けた。
「まぁまぁちゃん、怒らないの。ね?何となく『ちゃん』って顔してるでしょ?」
「そうですね…エルフってやっぱり男女問わず綺麗な生き物なんですね…」
どことなくうっとりとした表情を浮かべて隊士が同意する。
「だってよ、ちゃん。衆道にでも目覚めてみる?」
「……遠慮します。」
「残念。ふられちゃったね?」
「いえっ…自分はそんなつもりはなく…!!」
慌てる隊士を見て、総司は声を上げて笑った。