【素性】

屯所の門を潜ると黄緑色の着物を着た、涼しげな目元の男の人が3人を出迎える。
「山崎、幹部を集めてくれ。」
斎藤が告げると、山崎と呼ばれた男は了解の旨を告げ、屯所の奥へと消えていった。


「で?お前は何者なんだ?どこの手の者だ?」
「ですから、どこの手も何もありません。」
正面に土方、近藤、山南。
の左側の襖に寄りかかるように藤堂、原田、永倉。
右側に沖田、斎藤、背後に山崎、島田、井上。
部屋の中央に座らされたの回りを離れて囲むように、簡単な自己紹介を終えた幹部が座する。
「…ウチに恨みでもあんのか?」
「恨みはありませんが、斬りかかられたのでそれなりの対応はしました。」
さっきから似たような問答の繰り返しだ。

「……なら質問を変えよう。この4日間、宵の刻に女一人で街をふらついていた理由は?」
は一瞬黙り、答えようか考えあぐねる。
今まで順当に答えていたの見せた隙に、土方は更に問いかける。
「…俺達には言えないような、後ろ暗い事でもあんのか?」
未だに答えあぐねいている姿を見、土方が尻尾を掴んだと思った時、が口を開いた。「探して者がいます」と。

「探してるだぁ?そんなもん、昼間にやりゃーいい事だろうが。何で夜に、」
「夜に動く者だからです。」
土方の言葉を待たず、は理由を述べた。
「夜に動くって…街中で狸や梟でも探してる訳でもないんだろ?」
あからさまに胡散臭そうな顔をする土方を見て、は「狸でも梟でもないですが…」と答えた後、再度考え込む。
そして決意したように顔を上げ、顔を左側を向けて右耳の上にかかる髪を耳にかけた。
「…耳の先が少し尖っているの、わかりますか?」
その言葉に、土方は「あ?」と言いながら、近藤は「どれどれ?」と身を乗り出す。
部屋の内側を取り囲むように座っていた幹部も興味深々で近づいて来たのを見て、は苦笑しながらも反対側、左耳の上にかかる髪も耳にかけた。

その場にいた、以外の人間があんぐりと口を開け、「まさか…」や「嘘だろ…」と呟いた。
そしては土方、近藤に向き直って言った。

「私、エルフなんです。」


エルフ、それは人と自然に宿る精霊の間に立つ者。
言い伝えでは、『人の戦が広がり、戦争に非協力だったエルフの郷をも戦火で焼け落ち、一族は滅びた』となっている。


「…しかしさん。我々はエルフは当の昔に滅んだと聞いているのですが…」
最初に口を開いたのは山南だった。
その言葉には首を横に振る。
「この通り、滅んではいません。ただ、人の入り込めぬ場所にいます。」
「入り込めぬ場所、ですか?」
興味深そうな山南の問いかけを遮り、土方が「証拠は?」と問い掛ける。
「その耳だけじゃ証拠にならねぇな。耳の骨の形がちょっと変わってるだけかもしれねぇ。」
土方は疑いの眼差しを向けるが、隣の近藤は土方の意見に「そうだな」と同意しながらも顔は好奇心に満ち溢れて居る。


「証拠になるかはわかりませんが…沖田さん、私の剣持ってますよね?」
「ん?あぁ、コレ?」
総司は自分の横に置いてあった剣を2本持ち上げて見せる。
「どちらでもいいので、剣を抜いてみてもらえますか?」
「総司、やめておけ!」
の言葉を聞き、罠を警戒する土方が止めようとするも、総司は土方の静止を聞かずに剣の柄を引く。
「…あれ?…………抜けない…?」
総司がどんなに力を入れても、一向に抜ける気配がない。
その様子を見て、総司の隣にいた斎藤が総司が持っている剣とは別の、もう一本の剣を手に取って抜刀しようとするが、やはりそちらも抜けない。
試しに色々な角度に引いても、近くにいた山崎を呼び、鞘を持たせて引いても抜けない。
「…抜けません。」
「元から抜けないんじゃねぇのか?」と土方が問えば、斎藤は首を横に振る。
「総司の太刀を止める際に抜刀して使用していました。」
斎藤が土方に報告するのを見て、はゆっくりと立ち上がる。


「その剣は我が家に伝わる家宝で、主を自ら選び、そして主とした者にしか使う事ができません。」
総司の前に歩み寄り、「貸して下さい」と手を差し出す。

「やだなぁ、抜いてそのまま斬りかかられたら、ボク、驚きのあまりちゃんを斬っちゃうかもよ?」
口元に笑みを浮かべながら総司が言うと、「私が斬りかかったらそうして下さい」と答えたので、総司は手にした剣を渡す。

土方は近藤の前に立ち、山崎と島田はその土方の前に立つ。
総司はの前に立ったまま、斎藤はと総司の横で、他の幹部も距離を置いて、神経を尖らせる。
その場が緊迫感で満ちた。


が柄に手そえると、その刃は音も発てずにスラリ、とその姿を見せる。
「おぉぉ…、コレは凄い!」
前に立つ土方や山崎を押しのけ、近藤が身を乗り出す。
は刃を半分程出した所で、鞘に納める。総司が少しつまらなそうに「しまっちゃうんだ」と呟いたが、それは聞かなかった事にした。

「少しは信用して貰えたでしょうか?」
「…耳が少し尖ってる、刀が抜けたぐらいじゃ、お前がエルフだって証明にはならねぇだろ。」
「そうですね…。ここは一つ、エルフの特技とも言える精霊を使って頂くというのはいかがでしょう。」
土方の言葉に、山南が助言を出すが、はそれは断った。
「精霊は、己の身分を明かす為に力を借りる為の存在ではありません。」
「しかし…そうしなければ貴方の言葉は信用しない、となりますが?」
「そうなるなら、そうして下さい。」
「何と頑なな…」
山南とは睨み会う。

「私はキミがエルフだと信じるよ。」
緊迫を破ったのは、近藤だった。
「近藤さん、アンタ人が良すぎるんだよ。」
土方が呆れた口調で言い聞かせるが、近藤は「そんな事はない」と優しげな眼差しで、じっとを見る。
「子供の頃曾ばあさんに、『エルフは無闇に精霊の力に頼らない存在だった』と聞いた事がある。『だからこそ精霊に愛され、共存し、加護を受けている』ともな。だから今の彼女の選択こそ、エルフである証になるのではないか?」

その場にいた誰もが「おぉ…」とか「そう言われるとそんな気が…」と納得し、先ほどまで座っていた場所に戻って座り直す。

「…まぁいい。お前の種族はわかった。で?エルフってのは人を探す時は夜探し回るもんなのか?」
溜息交じりに土方が話しを戻す。
「私が探しているのは、人ではありません。ダークエルフです。」
の言葉に、その場にいた者全てが息を呑んだ。


ダークエルフ。
かつて人と共存していたエルフは友好的な存在だったと伝え聞くが、ダークエルフはその逆の存在。
闇夜の活動を好み、野心を持つ者に言葉巧みに近づいては、戦をけしかける。
その戦に勝てば更に戦をけしかけ、敗れれば次の戦場を求めて姿を消す。
狡猾で残虐な種別ゆえ、争い事の影にはその存在が常に見え隠れしていたという。
その性質故にエルフとダークエルフは相容れない存在、とまでしか伝えられていない。


「そんな物騒な者まで実在するんですか…」
井上の呟きに、は「残念ながら」と頷く。
「ダークエルフは、エルフが怒りに囚われた馴れの果ての姿。その姿ではエルフの郷に入る事もできず、人の世界で惨劇を引き起こすと言われています。」
「…お前は一人でそいつ等を追ってるって言うのか?」
土方の問いかけに、は頷く。
「何でまた?」
「郷の者を騙し、封印されていた禁薬を盗み出したからです。」
「禁薬?」
は探るようにじっと土方の目を見る。
「…お心当たりはありませんか?」
「生憎、ウチにそんな物騒な物はねぇハズだが?」
「では、この4日間、私に襲い掛かった者達は?」
の問いかけに、その場が一瞬固まる。

「あの者達からは、禁薬の気配が微かに感じられました。今日ここに来るように言われて従ったのは、それを聞く為でもあります。」
は近藤をじっと見る。
「…ウチのモンでもないお前にできる話しじゃない。」
「………トシ、話してやろう。」
近藤の言葉に、土方は慌てる。
「近藤さん、エルフだろうが何だろうが、こいつは部外者だ。こんな機密事項を洩らす訳にはいかねぇよ!」
「トシ、お前の言ってる事はわかるが、このお嬢さんは我々の質問には全部答えただろう?しかも追っている事に我々が関わっているのに、俺達がお嬢さんの質問に答えられないでは平等ではないとは思わんか?」
土方は尚も阻止しようと口を開きかけたが、近藤の目を見て言いかけた言葉を飲み込んだ。
普段は融通が利くのに、何かを決意した時の近藤は頑固だ。
それをよく知る土方は「わかったよ」と渋々同意した。


雪村網道という蘭医学者が幕府に囲われていた事。
変若水という血に狂う羅刹となる薬を作り出した事。
幕府の指示通り、深い傷を負った者には変若水を与えたが、その狂気性の為、普段は隔離した場所で人目を避けて待機させている事。
羅刹となった者は、陽の高い時間には行動できず、夜に行動を起こし、血を求めて街を彷徨うこともあるという事。
勿論羅刹となっていない者が交代で外に出さないよう警戒に当たっているが、この4日間は別件で幹部が警戒に加われず、また、一般の隊士のみでは恐怖を忘れたかのような羅刹に適わず外に出してしまっていた事。

「そこで、キミだ。」
近藤が腕を組み、を見る。
「4日前、別件で出てた近藤さんやオレを含めた幹部連中が屯所へ戻ろうと街を歩いてると、道のど真ん中に倒れてるヤツ等がウチの羽織を羽織ってるじゃねぇか。まさかと思ってその面々を見れば、羅刹隊の奴等だ。皆気を失ってはいたが、命は獲ってねぇときた。そいつ等を担いで屯所に戻れば、羅刹隊に伸された隊員が伸びてる。やったのはウチの隊のヤツ等じゃねぇ、命を獲ってはいないが、俺達に仇名す者か…とりあえず様子を見る為に羅刹隊を泳がせておけば、その後2日間連続で命を獲らずにいた。挑発なのか、警告なのか、判断しかねて今日は総司と斎藤に出て貰った。」

土方の説明に、は「そうでしたか」と俯く。
「羅刹隊の方々を傷つけてしまった事は申し訳ありませんでした。ですが、あのまま放っておく事もできなかったので…。」
ちゃんは謝る事ないんだよ。羅刹隊を泳がせたのは土方さんだし、彼等は自業自得だよ。寧ろちゃんは彼等を止めてくれたんだから、感謝してるぐらいだよ?」
総司の言葉に、周囲も「そうそう」と頷く。
「総司…お前ただ単にオレが悪いって言いてぇだけだろ?」
「いやだなぁ、土方さん、わかってる癖に聞くんだから。」
総司が含み笑いを浮かべたまま土方を見ると、土方は「お前なぁ、」と口を開くが、が「あの、」と声を上げた。

「変若水を作り出したという、雪村網道さんにお会いする事はできますか?」と問い掛ける。
近藤は「いや〜それがなぁ…」と困ったように頭をかく。
「実は網道さんは行方がわからなくなっていてな。我々も探している所なんだ。」
「そうですか…禁薬の入手方法がわかれば、私の追うダークエルフの居場所が絞れるかと思ったのですが…。」
「ふむ…成る程な。」
重い空気が部屋を包む。


「……あ、申し訳ありません。随分長居してしまいました。私はそろそろ宿に戻ります。何か進展がありましたら、連絡します。」
は一礼してゆっくりと立ち上がる。
「あれ?帰るの?」
総司が首を傾げる。
「え?まぁ………はい。もうすぐ夜も明けますし。」
「副長。」
斎藤が声を掛けると、土方は腕を組み、眉間に皺を寄せて首を横に振る。
「悪ぃが…外には出せねぇな。」
「え…?」
「トシ!」
「近藤さん、ウチの機密事項を話したんだぞ。即ちここの存続に関わる事だ。此処を護りてぇなら、出すべきじゃねぇ。つまり、お前を疑ってる訳じゃねぇが、信じてもいねぇ。」
土方の最もな言い分に、近藤は「う…」と言葉を詰まらせ、ふとやった視線の先の総司と目が合う。
「そうだ!なら隊士としてウチに来て貰うってのはどうだ?」
近藤の言葉に、土方が「正気か!?」と返すが、近藤は豪快に笑う。

「総司の太刀を止めたそうじゃないか。総司とまともにやりあえるなんて、なかなかいないぞ。」
「なら、何かあった時に対処できるように、土方さんか一君か、ボクの下につけなきゃね。」
「オイ、総司。」
「いいだろう、トシ。ウチは人手不足だし、協力して網道さんを追えばいい。」
「…念のため聞いておくが…コイツが女だって事は忘れちゃいねぇよな?」
「……………………………。」
笑顔のまま固まった近藤。
土方は額を押さえて盛大な溜息を零し、総司は盛大に笑った。
「ま、いいんじゃないですか?その微妙な男装は修正の余地ありだけど。」
「…微妙、ですか?」
それまで黙って事の成り行きを見ていたは、新選組に入る云々より、自信満々で挑んだ男装が微妙と言われ、ショックを受けていた。
「うん、永倉さんや平助みたいに鈍い人じゃわからないと思うけど、わかる人にはわかるね。」


「総司、てめェ!人の事鈍いとか言ってんじゃねェ!」
「お、オレは気付いてたって!新八さんが気付いてないから、一人じゃ可哀想だと思ってオレも付き合ってやっただけだ!」
「いーや、平助!お前も気付いてなかった。お前『あんな綺麗な男もいるんだな〜』って感心してたじゃねぇか!」
「ちっ…ちが…オレは新八さんにさりげな〜く気付かせようと…」
「お前等五月蠅いよ。鬼にたたっ斬られるぜ?」
永倉と平助のやり取りを、原田が口調は柔らかく、内容はシビアに止める。

永倉と平助が静かになったのを見て、土方は総司と斎藤に目を向ける。
「総司、斎藤。お前等2人でそいつの男装を完璧にしろ。他の隊士に見破られようもんなら総司は切腹な。斎藤もそれなりの処罰は覚悟しろ。」
「…職権乱用。」
「……総司。ソイツお前の下につける事にした。お前がしーーーっかり面倒見ておけよ。腹切りたくなきゃな。」
2人の視線の間に、火花が散った。