【序章】

「何なの、この人たち…」
は双剣を鞘に納め、目の前に倒れる浅葱色の羽織りを纏う者達を眺めて呟いた。
目の前の人たちを倒したのは、他ならぬ
その当事者であるが眉を顰めるのには、深い理由がある。

さわり、と風がそよぎ、はバッと路地の入り口から距離を取る。
「…あれ?気配は消してたはずなんだけど、なんでバレちゃったのかなぁ。」
言葉とは裏腹な、どこか楽しそうな声と共に、建物の影から人影が二つ現れる。
背の高い人物は薄茶色い髪に赤い着物、もう一人は長い黒髪に黒い着物。
どちらも浅葱色の羽織を身にまとっている。


(この人たちの仲間…!)
はとっさに右手を左腰に差している剣の柄に手を、同じく左手を右腰に差している剣の柄に手を掛け、距離をはかる。
その姿に背の高い方は「いいね、話が早くて助かるよ。」と口の端を引き上げ、剣を抜く。
(…この人たちは、あの人たちとは違う…?)
の中に一瞬の戸惑いが生まれた、その隙を見て背の高い男が懐目掛けて飛び込む。
間一髪、は抜刀した双剣でそれを受け、つばぜり合いとなる。
「へぇ、よく止めたね。結構本気だったんだけどな。」
まるで感心したように男は言う。

「…総司。殺すのではなく捕まえろとの命だ。」
黒髪の男は、先ほどが倒した男達の横にしゃがみ込み、その容態を見ている。

「わかってるよ。一君は真面目す…へぇ…」
総司と呼ばれた男は返事をしながらも、つばぜり合いの最中、にらみ合っているを見て少し驚く。が、直ぐに楽しげに笑みを浮かべてから力任せにの剣を押しのけ、同時に2人は後ろに飛び、距離を取る。

「まさか、新選組に仇名す者が女だったとはねぇ。」
さすがの土方さんも、こればっかりは驚くだろうね、と刀を構えたまま続けた。

「…新選組は、京都の治安部隊だと聞いてましたけど?」
男装しているは、それを見破られた事を内心焦りながらも平静を装う。
「うん、その通りだね。」
「では夜な夜な私に斬りかかって来るのも治安の為だと?」
は苛立ちを隠さずに口にした。

そう、は苛立っていた。
夜に歩いているだけで「血を寄越せ」とか奇声を上げながら刀を抜き襲い掛かってくる浅葱色の羽織の者達。
が京に着いたのは4日前。
そして浅葱色の羽織の人たちに問答無用で斬りかかられたのが今日で4日連続。

しかも親切にはちゃんと峰打ち程度で気を失わせるだけに留めている。
峰打ち程度じゃ倒れない者が多かった為、それは気を失う程度のダメージは与えたが、命は奪っていないし、気持ち的には峰打ちだ。
あわよくば改心してくれないかと期待してもいた。
なのに、だ。
こともあろうに今日斬りかかって来た者達の中に、1日目、2日目に倒した者達が混じっていた。
(全然懲りてない…!)
怒りを込めて、対峙する総司を睨む。


「…女の子が夜な夜な出歩くなんて、感心しないなぁ。襲ってくださいって言ってるようなものだよ?」
「…そういう治安を護るのが貴方達じゃないんですか?」
「そりゃー護れるれるものなら護りたいけどね。ボク達も24時間街角に立つ訳にはいかないしね?」
ちゃんと巡回してるから、サボってる訳じゃないんだよ?と付け加える。

「…総司。間違いないようだ。」
それまで黙って倒れて居る者達の様子を見ていた、黒髪の男が立ち上がり口を開く。
総司は黒髪の男にチラリと目をやり、に視線を戻す。
「キミ、夜な夜な襲われたって言ってたけど、それ、いつから?」
「…4日前から。4日連続で。」
の答えを聞き、黒髪の男は「決まりだな」と呟いた。

「まだわからないよ?この子がそんなに強いか、試してみなくちゃ。」と総司は刀を引こうとしなかったが、「総司の太刀を受け止めた時点でわかっただろう」と言われ、名残惜しそうに刀を下ろした。

「残念だなぁ。せっかく久しぶりに強いのとできると思ったのに。」
刀を鞘に収めながら嘆く総司に何も言わず、黒髪の男はに「戦う事が本意でないならば刀をしまえ」と命じ、は2人の様子をじっと探る。
は向かって来るから身を護ろうと相手になっていただけで、好んで剣を振るう訳ではない。
2人に戦意がない事を感じ取り、剣を納める。


が剣を納めたのを見届けて、黒髪の男がの前に歩み寄る。
「新選組三番隊組長、斎藤一だ。名は?」
「…です」
「ボクは一番隊組長、沖田総司。よろしくね、ちゃん。」
斎藤の後ろに総司が歩み寄って名乗るので、何がよろしくなのかわからず、は「はぁ」と頷く。
「早速だが我々には決めかねる事態ゆえ、屯所まで来て貰う。」
「…屯所、ですか…。」
の考える素振りに、斎藤が「できれば手荒な真似はしたくないが、抵抗するならば力づくで連れて行く」と言葉を続けた。
深い青い瞳の、射るような視線に本気なのがわかる。

が逃げようと思えば簡単に逃げられる。
だが、暫くこの京に留まらなければならない為、厄介ごとを後回しにするのは面倒なので、「わかりました」と告げた。


両隣を沖田、斎藤に挟まれて屯所までの道のりを歩く。
縛られもしていないし、捕まえられてもいないが、逃げる素振りを見せればバッサリかもしれない。
前述の通り、は安全に逃げる術を持ってはいるが、暫く京に留まらなければ(以下思考ループ)
隣を歩く2人の様子をチラリと盗み見て、そっと溜息を零す。
(……捕まった人みたい…)
溜息を零したタイミングで、総司が「そういえば、」と口を開いた。
「何で男装なんてしてるの?趣味?」
「…女の一人旅は何かと物騒なので。」
「物騒でもあれだけ刀使えるなら、どうにでもできるでしょ?」
「無闇に争いたくないですから。」
の答えに、総司はつまらなそうに「ふーん」とだけ返した。


屯所の入り口が見えた所で「ここで止まれ」と斎藤に言われ、は立ち止まる。
斎藤は距離を取っての前に立ち、頭の先からつま先までじっと観察する。
「…どう思う?」
斎藤が総司に問い掛けると、総司は「どれどれ〜」と斎藤の隣に立つ。
「う〜ん……大丈夫なんじゃない?限りなく女の人寄りだけど、中世的な男って言われればそう見えなくもない感じ。」
「お前は何故わかった?」
「…そうだなぁ…本能的な物かなぁ?一君は?」
「…似た様な物だ。」
「じゃぁ大丈夫だよ。鈍い人多いし。あ、ちゃん、刀預かるから頂戴。」
全く悪意なく、サラリと言って手を差し出される。
「大事な物なので、返して下さいね」と一言添えて渡すが、総司は「僕もちゃんには刀持ってて欲しいんだけどね。ま、土方さん次第だよ」と言って歩き出す。
「行くぞ」と斎藤も歩き出したのを見て、いざとなったら強引にでも取り返せばいいか、と思い、2人の後に続いた。